世良ホメオパス性的虐待以前~5歳までの私 虐待は早いほど傷が深い

世良ホメオパス
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症状と心の問題を解決するホメオパシーの専門家 世良 純子
世界的ホメオパス ヴィソルカス教授IACH卒、ドイツのドクターホメオパスにも師事11年選手。他ホメオパスで解決できないケースを多数担当。医療従事者に囲まれ4回の手術経験をもち虐待・アトピーを完治。婦人科系疾患と心の問題が得意。

症状と心の問題を解決するホメオパシーの専門家、ライフジャンプホメオパス世良純子です。

私はホメオパシーという手法を使って人の心と身体の問題を解決していますが、ホメオパシーには正解と不正解がはっきりありますので、本当に結果を出すには卓越した「人間への洞察力」が要求されます。

このブログでは私は最初からマインド系の仕事しているホメオパシーの人と思われていると思うのですが、私はホメオパスになる前にたくさんの人生を経験していまして、ホメオパスの経歴としてはかなり変わっています。

具体的にいうと
漫画家志望 → 美大生 → 一部上場印刷会社制作ディレクター → ガラス工芸作家 → 化粧品会社企画 → Webデザイン学校の学生 → ホメオパス専業

今から振り返るとどの仕事もすべて今の私に繋がっているな、と感じるのです。

さて、そんな私の特殊なルーツについて語りたいと思います。

本当に健康だった「たった5年間」私はモテ系だった気がする

第二次性徴

私はとても過去に関する記憶力がよく、人が話したこと、友達とのやりとりなどを映像で鮮明に憶えています。

最初の記憶は3歳の時の誕生日。その時に着ていたニットのピンクのワンピースのことをはっきり憶えています(きっと昔からピンクが好きだったのね・・・)

5歳で幼稚園に通いだしてから神社を抜けて通る森の中にリスがいるのを見かけたこと、憶えています。

反対に神社に藁人形が打ち付けてあったこと、憶えています。

父親同士が知りあいの男の子(憶えているけどめっちゃ金持ちのおぼっちゃまだった)と遊んでいたこと、彼が結構わがままだったこと、憶えています。

ある時近所の男の子にいじめられていたら知らない年上の男の子が私をかばってくれ、チュウチュウを奢ってくれたのに、その後彼に家に連れて行かれたらお小遣いを私に使ったとお母さんにうちあけ、目の前で彼がお母さんに殴られめっちゃ怒られているのをみていづらくなったこと、憶えています。

今から思えば、その頃の私は結構 「将来モテそうな女の子」だったような気がします。

実は、今もよく思うとがあるのです・・・・・・

 

もしもあの事件がなければ、私の人生はどうなっていたのだろうか?と

 

私はきっと恋をいっぱいして早くから男の子に憧れてきゃあきゃあ言って、「早く結婚したい」「早く子供を産みたい」と普通に望み、普通の女性としての幸せを早く手に入れる人生を歩んでいたような気がするのです。

けれど、プロフィールにも書きましたが、私は6歳で近所の大人の男性に性的虐待を受けました。

もう親を恨んでいませんが、その時の親の心無いリアクションとセリフは今も憶えていますくわしくはこちら

その時私は親から言われたことで「自分はひどく汚くて間違った人間なのだ」と深くインプットしてしまったのです。

 

その後、19歳くらいまで私は全く男の子とろくに会話もしなければ、色気づくこともない人間にすっかり変わってしまいました。

なので、私が本当にクリアで健康だったのはたった5年間だけなのです。

6歳で手術 最初の心の病からの病気を体験する

悲しみ

その事件をきっかけに私は最初に「心の問題が病気をひきおこす体験」をします。

 

私はわずか6歳で腸ヘルニアにかかり手術することになりました。

 

父が医師だったので、当時まだ子供の前進麻酔の失敗が多い頃、一流の麻酔科医に麻酔をかけてもらい、執刀医は名医といわれる人に手術してもらいました。

ちなみに今見てもその執刀というのは本当にうまかったらしく、その30年後別の名医を言われる人にその傷跡を見せたとき、あまりの手術のうまさに「どこの先生なの?誰?」と聞かれるほど、目を凝らしてみなければわからないくらい自然に薄く傷跡が残らないように切ってありました。

私は何度もしつこくブログで「いい加減なホメオパスにホメオパシーを受けるな」と口酸っぱくして言い、

私た何度もブログで心の問題を軽く扱う中途半端な商売やっている人が嫌いだと何度も言うのは。

 

この手術の経験から
「治療を受けるときは絶対相手を厳選しなければいけない」と知っていたからかもしれません。

 

現在の私は元気なんで「超健康優良児」とよく誤解されるのですが、私は過去に何度も手術を経験しています。

なんてったって、6歳で手術するほどの病気になっているわけですから、実は私の生態は遺伝的にはさほど強くないということがここで既にわかるのです。

断じて男の子とつきあうものかと信じていたその後

偏頭痛対処

6歳の虐待以降私は、

 

ものすごく極端に「自分が性的アピールすることへの罪悪感」を持つようになりました。

 

この罪悪感というのは到底普通ではなく、

  • 当然男の子とセックスする以前の
  • 男の子とキスする以前の
  • 男の子と付き合う以前の
  • 男の子のことできゃあきゃあいう以前の
  • 下ネタなんか問題外の問題外の悪魔!って感じで

 

 

男の子を好きになることは悪い!
男の子と話すことだけでも隙があるから悪い!

 

それ以前に可愛い恰好することが悪い!

私の存在が悪い、男の子に好かれることは悪い!

 

・・・・というわけで
いつもできるだけ汚い恰好をして、髪も服もかまわずいかにもモテなさそうなワタシで永年いました。

性的虐待は時期が早いほど傷が深い

虐待

何故私がそれほど深く病んでいたのかというと?

 

私が性的虐待を受けた年齢が早いからなのです

 

男性との関係というのは、最初父親との関係でルーツがつくれます。

そしてやがて幼い恋をするところから育ち始めます。

そして失敗しながらも好きになった男性と男女の関係をもつことでもっと育ちます。

 

私はまともに父親との関係をつくる以前のところで躓いているのですから、自分にとってまともな男性との関係というものが永年全くルーツになかったのです。

セクシャリティーの傷というのは、時にその人の命運を変えてしまうほどのネガティブなパワーをもちます。

 

なので、私がクライアントさんの状態を査定するときも「その事件がおきたのはいつか?」「その事件の強度はどれくらいか?」ということを重視します。

実は重い傷でも、それ以前が幸せだったのか?どうか?によってその傷のリカバリーの速度というのはかなり変わってくるのです。

数十年続いた悪夢

泣き叫ぶ女性

それからずっと後、24歳で私が初めて男性と性的体験を持った後から数十年間。

実はわたしはずっとずっとずっとずっと、性体験をもつことへの罪悪感に関する悪夢を見続けました。

 

性的体験をしたことが親にみつかり罰される夢です。

 

そもそも初めてのセックスを体験した後、私はひどいアレルギーに悩まされるのですが、同時に悪夢も続き、何度も夜中に汗ぐっしょりになって起きました。

その後もどの男性とつきあっても悪夢は続きました。

 

もちろんどんどん回数は減って行き、最後の方は年に数回しか見ませんでしたし、どんどん夢の内容も

皆に罰される から 親に罰される から 親が見ている から 親がいる から なんとなく罪悪感  なんとなくふわっといやな感じのするような夢 へとどんどんましな夢になっていったのですが、

 

実のこというと本当にその夢が「完全」に終わったのは昨年でした。

 

クライアントさんは私のためにやって来る

虐待の傷をいやそうと私はありとあらゆる手段を使ってきたのですが、何をやっても歯が立ちませんでした。

 

もっとも劇的に私の傷を助け、現在の私にしてくれたのは「一流のホメオパシー」でした。

 

念のために言いますが、「ホメオパシー」が癒したのでもなければ、「クラシカルホメオパシー」が癒したのでもなく、「一流のクラシカルホメオパシー」が癒し問題解決したのです。

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もちろんその後から年々私は健康になってゆきました。

普通におしゃれもすれば、彼もできれば、恋もたくさんし、仕事もうまくいけば、やりたいことがどんどんできるようになり、良い仲間に恵まれることもどんどんできるようになりました。

ま、いまとなっては下ネタ平気って人にまでなってますけど・・・・・(あの頃のわたしはどこへ 笑)。

 

現在ホメオパスとなった私は、今は反対に性的虐待を受けたとか、性的に悲しい想い出がある、今セクシャリティーで悩んでいるといったご相談を多数うけています。

傷を克服して彼ができた人、仕事が好転した人、やりたいことが見つかった人、たくさんいます。

クライアントさんとお話ししていると、いつも昔の自分にかけたかった声をかけているような気分になるのです。

 

あの頃私が親にいってほしかったこと

あの頃私が彼にいってほしかったこと

あの頃私が友達にいってほしかったこと

 

それを少しでももらってほしいと、そう思うのです。

あの頃の私以上に病んでいる人をまだ私は見たことがないので、ああ私って相当病んでいたんだな・・・と思うと同時に、何かいつも人にバトンをわたしているような気がするのです。

私がホメオパシーの師にいってもらったこと、私が慰められた言葉。

今度はそれを私が人に渡しているだけなのです。

そして、この仕事を通じてこうやって私の悲惨な体験も何かの役に立つこともあるんだなあ・・・・といつも感慨深く思うのです。

 

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